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台湾あるある タクシーに乗るとこんなこと

台北生活

FBに、香港時代の友達が五月天の日本武道館公演の情報をシェアしてくれて「懐かしいねえ」「すごいなあ」と、香港の小さなライブハウスでオシクラ饅頭しながら観た昔のことを思い出しました。

香港にいた頃、私は時々、F2Aという雑誌に香港や台湾のアーティストのインタビューやライブレポートを書いていました。その初仕事、最初のインタビュー対象が五月天。
今思うと、広東語ならまだしも中国語で、しかも五人相手ってとんでもない暴挙でした。でも当時は無我夢中で、無理だと思う暇もなく、緊張のあまり体調を崩したりしました。痩せたよ。うふ。

彼らが皆、真摯に応えてくれる、とてもいい人たちだったから、尚更にちゃんと書かなきゃ、ちゃんと書こうと、別のプレッシャーも生まれました。それは良いことだったと思う。どのアーティストと会っても、こいつは適当にちゃっちゃと書けばいいや。となることは一度もなかった。真摯で、仕事が好きで、ちょっと悩んだり迷ったりしたこともあって、良く笑う。みんな話せば普通の人なの。ただ、魅力と才能が人より大きい人たちばかりで、どの人の話も、とても面白かった。

それは兎も角、そのインタビューの時に、もしミュージシャンになっていなかったらどんな仕事をしてたと思うかと尋ねたんですね。流れるようにわれ先に喋っていた彼らが、その時はすごく戸惑って言葉を失ったのを、今でも覚えてる。愚問だったと私は冷や汗かきました。
その時にベースの瑪莎(マーサ)さんが「タクシードライバー。いろんな人の人生が聴けるから」と答えてくれたことが印象的でした。

乗客として、運転手さんのお話しを聞く

 

私は運転免許を持っていないのでタクシードライバーになる可能性はないけれど、乗客として、運転手さんの話を聞くのは好きです。ということで、私が台湾で出会ったタクシードライバーで、忘れられない人のことを書いてみようと思います。

台湾あるある。日本人とわかった瞬間、演歌か軍歌にBGM切り替え。

台湾でタクシーに数回乗ったことがある日本人は、一度は経験があるのではないでしょうか。最近は少ないかな。でも、あたふたと演歌、もしくは軍歌(!)をかけてくれる人が以前は多かった。
「私は小林幸子さんが大好きですよ!長崎は今日も雨だった!」
明るい運転手さんに言われて、
「えっ。それは内山田洋とクールファイブの曲では?」
と思わず反論しても、
「幸子さんが歌った!」
と譲らない。
幸子さんが歌ったのを聴いて、気に入ったということかな。
別の運転手さんはいそいそと演歌をセットしながら
「この間もグロリアプリンスホテルから乗った日本人のお客さんに聞かせたらすごく喜んだんだよ」
「はあ」
その頃東京で一人暮らしをしていた母が体調を崩して手術・入院していたので、私は少し気落ちしていて、世間話に愛想よく乗り切れませんでした。
でも、その運転手さんがかけたのが、島津亜矢さんの歌う「岸壁の母」だったから、ダメだった。
日本への里帰りの飛行機が遅延して、帰って来ない私を家の前で待ちながら「岸壁の母を唄ったのよねー」ととぼけたことを言っていた母、島津亜矢さんの歌を初めて聴いたのは母と一緒に行ったバリ島のホテルでつけたNHKだった、そんなことを思い出して私は泣いてしまって、運転手さん大慌てでティッシュを何枚も引き抜いて私に差し出しながら、
「そんなつもりじゃなかった、泣かせようとは思ってなかった」
と謝られてしまった。
わかってる、大丈夫、ありがとういい歌ね。と答えるのが精いっぱいでした。
「日本人泣かせちゃったよー」
と、私も話のネタになってるかもしれないな。

カラオケタクシー。鈴も鳴るよ

旅行者として友達と台北へ遊びに来た時、道で止めたタクシーに乗り込み、ふと見ると背もたれに飛行機のエコノミークラスのように、モニターがついていました。
「これはなあに」
なんとなくタッチしてみると、カラオケのメニューのような物が出てきた。
「氷雨・・・?」
面白半分でタイトルを強くタッチしてみると、シートの後ろのスピーカーから流れ始めるイントロ。
なに?これなに?!友達とオロオロしていると、運転手さんは片手でハンドルを支えながら、振り向きもせずにバックシートの私たちにむけて、マイクを差し出してきました。
戸惑いつつマイクを受け取り、「飲ませてください」と歌いだす私たち。
カラオケタクシーでした。
すっかり面白くなってしまって、次にキンキキッズの「フラワー」を入れると運転手さん、またどこからともなく鈴を出してきて、片手でハンドル握りながら、
「シャン、シャン」
と合いの手を入れてくれる。
もう可笑しくて楽しくて、調子に乗って目的地まで歌いまくった私たち。途中でサンルーフをがーっと開いてくれたので、「ヤメテ!人様に迷惑になるから閉めて!」と慌ててお願いすると、また無言でがーっと閉じられました。
日本の歌ばかりだったので、運転手さんへのサービス?も込めて当時流行ったF4の「流星雨」を唄うと、運転手さん大喜び。「中国語の歌も歌えるの」とノリノリ、鈴が鳴る鳴る。
ライトアップされた総統府への道を走りながら歌い、西門町の目的地に到着する時にちょうど綺麗に歌い終わり。
楽しかったねえ、また乗りたいねえと友達と言い合ったものの、あれ以来一度も遭遇しないし、人に話しても「信じられない」「見たことがない」と驚かれるだけです。
香港人の友達は
「馬鹿だなあ、きっと隠しカメラで撮られて、今頃台湾のテレビに流されて笑われてるよ」
「えっ、そうなの。やだなあ、でも、もしカラオケタクシーあったら乗りたくない?」
彼は悔しそうに唇を噛み、
「乗りたい。」

Shall we dance?信号待ちでジルバを踊る

その運転手さんは「お客様に好きな曲を選んでもらう」リクエスト本を用意していました。日本の曲もありますよと言うけれど、西野カナなど私はあまり知らない人だったので、「洋楽のオールディーズ」をリクエスト。
「こういうの好きですか!」
「好きです!」
流れる曲にあわせ、ノリノリになってくる運転手さん。信号待ちになるとすごい笑顔で振り返り、「Shall we dance?」風に手を差し出してきたので、何だろうと思ったけどその手を取ると、曲に合わせて右へ左へぶんぶんふられ、私大笑い。
「いやあ、こんなお客さん初めてですよ!踊ってくれるなんて!」
「私も初めてですよ!タクシーで踊ったの!」
歌ったことはあるけども。

台湾の男はいいよ。俺は自分で朝食を作るし、パンツも洗うよ。

先日乗ったタクシーの運転手さんとは、普通に世間話をしました。台湾の男はいいよ、と言う人は時々いるけれど、どういいのか具体的に聴けなかったのに、その運転手さんは語ってくれた。

「うちの奥さんは早起きして廟へお参りやボランティアに行くから、俺は自分で朝食を作るの。奥さん早く寝るから、洗濯も自分でするよ。パンツ洗うよ。ね、台湾の男いいでしょう」
「いいですねえ」

 

「お姐さん、こんな昼間に遊んでないで、夜出かけなさい。郭台銘を狙うんだ」

 

時々、結婚してるのか、家族構成をきいてくる人もいます。適当にあしらっているけれど、私が独身としった運転手さんは型破りでした。

「お姐さん。こんな昼間に遊んでちゃ駄目だ。
夜出かけなさい。そして鴻海の郭台銘を捜して狙うんだよ」

当時あのホンハイの会長は奥様を亡くされてしばらくたち、パートナー募集を公言していたんですね。女優さんが群がって楽しそうだった。スゴイ発想だなあと笑ったものの、何か延々と「可能性」について語られたような気がします。

 

北部人と南部人、歩き方の違いを教えられる

高雄でコンサートを見に行く時に乗ったタクシーの運転手さんは、親切に美味しいお店や、終演後は車捕まえにくいから、電話しなさい、すぐ迎えに来てあげるなどアドバイスをくれました。

「今そこを歩いている人たちは、北部から来た人だよ」
「どうしてわかるんですか?」
「歩き方が早いだろ。南部の人間はあんな風に歩かない」
「運転手さん、東京や香港へ行ったことがありますか?」
「無いよ」

私は北部、台北の人たちの歩く速度が特別早いと感じたことはありませんでした。香港で肩で風切って、人込みをわれ先に、抜け出したい、目的地へ誰よりも早くたどり着こうと歩く人たちや、東京で、前のめりに小走りの人たち。あの歩き方の中で生きてきて、高雄で暮らす運転手さんが呆れる「速い歩き方」を初めて自覚しました。

「誰のコンサートなの?」
「五月天です。今日はボーカルの阿信の誕生日です」
言わずもがなのことを言うと、「そうなんだーそりゃいいねー」と受け流していた運転手さん。信号待ちで、知り合いのタクシーと並んだようで、お互い嬉しそうにがーっとウインドウを下げて、やあやあと挨拶しあうおじさんたち。「どこへ行くのー?」と車の窓越しに聞かれると運転手さん、「俺はー・・・阿信!」後ろのシートでミネラルウォーター吹き出す寸前。楽しかったな。

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こういう、寡黙なプロフェッショナルも大好きです。
台湾・台北在住のライター&ロケーションコーディネーター。香港から猫を連れて移住してきました。活動範囲は台湾、香港、時々ベトナムなど。広東語、中国語を使います。プロフィール詳細 はこちらをご覧ください。仕事のご依頼やお問い合わせはコンタクトフォームからお願いします。