30年ぶりの東京生活

東京で広東語がこれほど喜ばれるとは夢にも思わなかった。

「香港人来た、お願いします!」

東京のとあるエリア、世界中の人が行きかう場所で仕事をしていると、中国人や台湾人、韓国人のスタッフも、やたらと私に「広東語で香港人対応」を振ってきました。
香港の人たちはたいてい中国語や英語を理解するから誰が対応しても問題ないのに、どうして?イタリア語やトルコ語しか話せないと途方に暮れる人たち、韓国語しかわからないよと絶叫するおばさま方、明るくスペイン語だけしゃべり倒すメキシコの人たちには、その言語に長けたスタッフを呼んで対応しました。でも香港人は多言語可能な人が多く、誰が対応しても一番手がかからない。なのにあえて広東語対応をさせたがる中国人のスタッフたちは、「香港語」に興味津々。目をきらっきらさせて、香港人と私の周りに集まってくるのです。
東京で、広東語をこんなに聴きたがってもらえるなんて、想像もしませんでした。数カ月前まで暮らしていた台湾では、広東語は警戒され、どちらかといえば嫌われたから。

香港訛りを警戒した台湾の人

台湾で暮らしていた間、広東語を使う機会は滅多にありませんでした。
遊びに来た香港人の友達と一緒にいる時や、香港人オーナーの店でオーナー本人や香港人スタッフと話す以外、広東語で話す必要はまずない。でも、私の話す中国語には香港なまりがあることに気づく耳の良い台湾の人から
「お姉さん、ここの人じゃないようだね。どこから来たのかな」
穏やかに、でも剣呑な目つきで尋ねられたことは一度や二度ではありません。
台湾の人達の、あの目つき。怪しいよそ者を警戒する気配は、まっさらな旅行者や留学、仕事で台湾にやって来た日本人に向けられることはないと思います。
「私は東京で生まれ育った日本人ですが、香港でしばらく暮らしてから台北に来ました」
ざっと簡単に説明しただけであっさり警戒が解け、
「道理で。見た目は日本人なのに、話し方やしぐさが香港人のようだったから」
日本人向けの笑顔に変わっていくさまを、何度も見ました。

中山北路二段にあるコンビニのレジの人にも
「あなた何人?香港人?」
と日本語で尋ねられたことがあります。
日本人旅行者に人気のホテルや日系企業の多いエリアで「まっさらな日本人」や「台湾華語を上手に話す日本人」を見慣れている人は、私の話し方に違和感を覚えたのかもしれません。
「私、日本人です。あなたも日本語で質問してる」
笑いをこらえながら答えると、
「うそです、あなた香港人。あなたの中国語、香港人の話し方」
日本語で生真面目に言い切られたからもうおかしくって吹き出しつつ、
「耳がいいのね、私の中国語、気持ち悪いでしょう。ごめんね」
つい謝ってしまいました。

台湾では香港なまりを聞きとがめられたし、広東語で話していると、見知らぬ人たちがふり返り、あからさまに嫌な顔をされたことも何度かありました。香港人の友達と乗ったタクシーで、運転手がラジオのボリュームを急に上げたことも。そんなに大騒ぎをしたつもりはないから、私たちが話していた言語が耳障りだったのだろうかと、気が滅入ってしまいました。
台湾では広東語が嫌われ、警戒される。話し方に香港訛りのある私を最初は警戒した人が、日本人だと分かった途端にあからさまに手のひらを反し、親し気な笑顔に変わる。台湾の人が日本人に親切な態度をとるという定説を、私ははっきりと肯定できます。

「ほんこんご」に興味津々な中国人

だから、東京に戻って来て中国や韓国の人たちが「ほんこんごはじまったー」と興味津々に聴きに来るのが、信じられなかった。中国人のスタッフはどこから来た人でも全員が驚き喜び「ほんこんごー?!どうして日本人がしゃべれるのー?」と素直に話しかけてくれて、そして誰一人広東語を聞き取ることも、話すこともできないことにも驚きました。
台湾ではたまに
「シッテンムシッガ―ン(識聴唔識講)」
と台湾なまり丸出しの広東語で言ってくるひともいました。
「香港映画やドラマ観てたから、広東語を聴くのはなんとなくわかるけど、話せない」
人たちの、「聞けるけど話せない」お約束のフレーズみたい。
私が東京で出会った中国の人たちは「聞けるけど話せない」どころか、全く、一言も広東語が聞き取れない人ばかりで呆然としました。私が香港人と話しているのをかぶりつきで聴いては口真似をするけれど、全く広東語の体をなしていない。ある女の子がニコニコと「ハウ・フェイ・シェン」「ハウフェイシェン」広東語っぽく話しかけてくれたものの「ごめん、わからない。なんて言っているの?」とたずねるとしゅんとして、「很開心を広東語で言ったつもりだったの」。
中国語では很開心、広東語の好開心はホウ・ホーイ・サム、ホウホーイサムと発音を繰り返しているうちに
「私たち、日本人に『ほんこんご』を習ってる。なんか面白い状況だね」
中国人の子たちは笑っていました。
私は彼らから、香港の言葉に対して「自分たちのものだけど良く知らない」という態度は感じませんでした。「香港という地域、ほんとに全然知らないことば」をリアルに聴いてちょっと呆然としている、本気で驚いているみたい。私には中国の人たちの「ほんこんご」への素直な好奇心が意外であり、じわじわと嬉しくも感じました。香港や台湾では出会わなかった出来事、知らずにいたことです。

 

「なんで日本で広東語?!」会話が弾む香港人

東京で、台湾人やシンガポール華人に中国語で対応をしても特段驚かれたり、感謝されることはありません。中国語を話す人は世界中にいて、日本でも珍しくも何ともないのでしょう。でも香港人に広東語で対応を始めると、すぐに「なんで?!」と反応する人もいれば、用事が済んで立ち去りながら「…あれ?今私たち広東語で対応された…?」と気づいて振り向く人など、必ず何かしらのリアクションがあるのを、私はひそかに喜んでいました。
広東語での弾む会話は、本当に楽しい。
香港人のおじさん、おばさんの団体を、私と本物の香港人とふたりで対応した時は
「すごいね、日本に来て広東語で話してもらえるなんて。どうしてなの?」
喜んでくれた女性に
「彼女は本物の香港人で、私はニセ物の香港人なの」
と答えると、団体の中でも物静かだった別の女性がクールに
「よく出来たニセ物だねえ」
さらっと言うから、本物の香港人たちも私も大笑い。
何を言ってるかわからないはずなのに、「ほんこんご」を聴きに集まって来ていた中国人も笑っていました。

 

「なんで広東語話すの」
「香港に、しばらく住んでいたから」
「そうか。で、いつ帰って来るんだ」
初めて会った、この先もう会うことも無いかもしれない香港人のおじさんに言われてちょっと泣きそうになったと、香港で知り合い今は日本に戻ってきている友達に話したら、彼女も涙ぐんでいました。あの感じ、知り合いでも何でもないおじさんが「幾時返來呀?(いつ帰って来るんだ)」と聞いてくれる、その感覚を、広東語を話す友達は共感してくれたのです。香港人と広東語で話す楽しさとリズム。中国人が興味津々に聴き耳を立て集まってくる、「ほんこんご」のリズム。

 

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mimi
ライター/コーディネーター。 香港から猫を連れて台北へ移住後、30年ぶりに東京暮らし。満喫中。 台湾と香港に関する現地情報の執筆や、撮影手配などの仕事をしています。 |Instagram| |Tweitter| |Profile| |Contact|