台湾のカフェ

「寅樂屋」のカレー。日本から台湾のある家族に伝わったおふくろの味の物語。

信義區延吉街にあるカレーとコーヒー専門店「寅樂屋」の小高と知り合ったのは、木柵にあるRuins Coffee Roasterのオープニングパーティだったと思う。
「日本式のカレーとコーヒーのお店をやっているのよ」
と紹介されて、(台湾で、日本式か)と半信半疑で食べに行った。
小さなお店、プレイヤーとレコード。メニューはビーフとポーク&チキンの二種類。目玉焼きや福神漬けのトッピングもつけられる。

 

カレーは自分で作ったもの、あるいは家族が作ってくれるものが口に慣れていて美味しい。お店のカレーもたまには良いけど、凝り過ぎていて疲れてしまうことがある。やっぱり、家の鍋で作った2日目のカレーの気楽さがいいなと、もたれた胃の辺りをさするのはしんどい。
でも、寅樂屋のカレーは疲れなかった。よそのお母さんが作る、美味しいカレーを食べさせてもらったような心地がした。毎日食事を作ってくれる自分の母親には言えないけれど、また誰それちゃんのママのカレーも食べたい。そんな風に、こっそり思う気持ちが残る味だった。
その寅樂屋が、2020年7月いっぱいで営業を終了する。


日本の食材を使う海外飲食店の取材依頼を受けた時、私は寅樂屋を取材リストに入れた。妹さんが日本に嫁ぎ、彼女が暮らす街で出会った美味しい福神漬けを仕入れていると小高は言っていた。

 

取材として改めて、「どうして日本式のカレーを?」と小高に店を始めた経緯をたずねると、思わぬ方へ話が飛んだ。
「うちのおふくろの味を残したくて」
「おふくろの味?お母さんは台湾の方ですよね」
「そう。でも、こどもの頃から、母が作ってくれるカレーは日本の味だった」
「お母さんは、どこで日本の味を覚えたの」
不思議に思いつつ、流れで聞いてみると
「二二八事件は、知っている?」
小高にたずねられ、面喰ってしまった。
「詳しくはないけれど、そういう事件があったことは……」
日本式のカレーがおふくろの味になった由来を聞いただけなのに、そこまで話がさかのぼってしまうの?これは取材の主旨から外れそうだな。でも、外れた話しほど面白くて、それが飲食店取材の醍醐味でもある。記事には書けなくても、書く内容の基礎になる。
私は二二八事件に詳しくない。知識のない、ましてや外国人の立場で気安く触ってはいけない案件だと思い、避けていた。だから尚更、日本式のカレーと二二八事件がどうして結びつくのか、想像もできない。意外な展開にどきどきしながら、小高の話しを聴いた。

毎年作る寅樂屋オリジナルのうちわ。イラストはスタッフの女性が描いたのだそう。

 

1947年に台湾で起きた「二二八事件」の後、それまで小学校の教師をしていた小高のおじいさんは仕事を変えた。おじいさんは砂糖を積んだ漁船に乗り込んだものの、台風に巻き込まれ、漂着したのは日本の九州。
台湾に残った小高のおばあさんは、小高のお母さんを身ごもっていた。現代とは違い、当時は日本と台湾で個人が連絡を取り合うのも難しい。おじいさんは当時の台湾の様々な事情から九州の熊本に根を下ろし、日本人女性と再婚して、食堂を始めた。おばあさんも、別の台湾人男性と再婚する。
その両親のもとで育った小高のお母さんは、1971年、実の父親を訪ねて台湾から九州へ行く。滞在しているあいだに、小高のお母さんは日本の食堂メニューの作り方を習った。台湾に戻ったお母さんはその後結婚し、生まれた小高や妹たちに、九州で覚えたカレーを作って食べさせる。それは台北で育って行く子供たちの、おふくろの味になった。
その味を残して伝えるために始めたカレーの店に、寅年生まれの三兄妹は「寅樂屋」と名前をつける。

寅樂屋に飾られている、小高のお母さんが九州で過ごした時のポートレート。

 

寅樂屋が7月いっぱいで今の店の営業を終えると知ったのは、去年のこと。新型コロナに関係なく、閉店は以前から決まっていた。
今のお店を一旦終了するのは、家族でよく話し合った結果だという。
家族の物語から始まったカレーのお店だから、家族の考えや事情で終わるのは、苦渋の決断かもしれないけれど、悲劇ではない。自然なことだと思えた。
でも、この味をもう食べられないのは寂しいな。また、お店を再開する可能性はある?
そう尋ねると、小高はちょっと微笑み「しばらく休んでから考えるよ」。
コロナが収束して海外へ行けるようになったら、真っ先に日本へ行き、沖縄でカフェをしている友達を訪ねたい。きちんとした意識の高い日本人なら、きっとコロナ禍を乗り越えられると信じてる。小高は穏やかにきっぱりと、そう言った。

寅樂屋のカウンター。小高自らコーヒーを淹れてくれた。

 

台北の街角の小さな食堂で食べるカレーは、日本から持ち帰ったおふくろの味。その由来を聴いたのはもう何年も前のことだけれど、ブログに書くのはためらって、ずっと心に残っていた。台湾でかつて起きた出来事を調べるほどに、私が触れるのはおこがましいと、立ちすくむような思いに足止めされるから。
でも、寅樂屋の営業が一旦終わるのなら、やはり誰かに伝えたい。小高にもそう話し、了承を得て、書き残すことにする。

営業終了を惜しむように集まるひとたち。

 

寅樂屋のカレーを冷凍しておき、自宅で温め直して食べたことがある。鍋にかけてとろ火で溶かすと、カレーは飴色になり、台所に香ばしく甘い香りが漂ってくる。カレーをかき回しながら、熊本でおじいさんと再婚し食堂をしていた日本人の女性は、どんな気持ちで台湾から来た女の子にこのカレーの作り方を教えたのだろうと考える。台湾の育てのお父さんは、どんな気持ちで娘を日本へ送り出したのだろう。そもそもどうして、お母さんは九州へ実の父を訪ねて行こうと決意したのだろう。私は台北の自宅で、日本の母から譲ってもらった鍋で寅樂屋のカレーを温めながら、とりとめもなく考えた。
高さんちのおふくろの味には、いろんな人たちの物語が詰まっている。食べてももたれず、疲れない。深くて甘く、また食べたくなるカレーだった。


寅楽屋咖啡咖哩小食堂 TORARAKUYA-TAIPEI
店舗情報とアクセスMAP

住所:台北市大安區延吉街294號
営業時間:11:00~21:00 無休
※営業は2020年7月31日まで
公式サイト:https://www.facebook.com/TORARAKUYA

小高の妹さんが日本語と中国語で、おじいさんの話をFacebookに投稿しています。咖哩的小故事

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mimi
台北在住のライター/コーディネーター。 長年暮らした香港から、猫を連れて台北へ移住しました。 台湾と香港に関する現地情報の執筆や、撮影手配などの仕事をしています。 |Instagram| |Tweitter| |Profile| |Contact|