ある人がアスリートの紹介記事に「美人アスリートの〇〇さんです」と書いたのを見て、驚いた。
私も人を見て、美人だな、イケメンだな、と思うことはある。でも、その人のことを誰かに話したり記事に書く機会があっても、イケメン先生、イケメンアスリート、イケメン作家、イケメン銀行員、イケメン店員とは書きにくい。彼や彼女を紹介するポイントは、そこじゃない。
美人作家、美人アスリート、美人の受付嬢、なんて言い方も気持ち悪い。いきなり外見の特徴に触れられた人は大抵居心地よくなさそうにするし、そもそも美人であることと、彼女の実力、キャリアはほとんど関係がない。だから私はルッキズム云々の前に、見た目のことは書かないし言わない。見た目の特徴で形容するのは簡単だから、それで済ませて楽に終わらせるのはつまらない。せっかく会って話が出来るのだから。
ごくまれに、「あなた、素人じゃないね?」と驚くような美貌の人がやってくる。その人の現在行っていることを聴きつつ、前職でモデルをしていた、俳優をしていたとわかれば(なるほど)と思うし、その人のキャリアの一部として記事の中で紹介する場合もある。写真を見て「このひと、一般人じゃないでしょう?!」と気になる読者もいるかもしれないから、そこで疑問を解消しつつ、現在のキャリアの話しにつなげる。
イケメン、美人と人様のことを言ったり書いたりできる人は、容姿もその人の特徴として「誉めている」つもり、きっと悪気はない。
「綺麗な人をそのように形容して何がいけないの?」
そうだよね、個人的な日記やブログなら、かまわないのかもしれない。
でも、クリエイター、文章を書く仕事をしている人が見たものを見たままに安易に人のことを書いたら、
「2021年にもなって、まだそんなこと言ってるの?」
と呆れられるだろう。
「あなたその程度っすかァ」
私は読むべきリストから、その人を外す。
ルッキズムが云々以前に、ありきたりで無造作な言葉遣いを読むのは気持ちが悪いから。
ある漫画家がBLドラマにはまったと公言、熱に浮かれた勢いで感想をまき散らし、ある登場人物について「オカマちゃん」と書いた。
そのキャラクターは、乙女チックな言動の男子学生。昔の人は、彼のことを男のくせになよなよしたオカマと形容したかもしれない。
でも、あのキャラクターの健気さや賢さ、誰に対しても毅然とモノをいう勇気、あるいはやんわりと言葉を選んで問いかける機転、愛おしさを見ていたら、「オカマ」とは呼ばない。そのセンセイ、オカマちゃんとちゃんづけしているところがまた、対象を可愛く呼ぶことで書き手の自分を柔らかく見せる、姑息な古臭い手法でいやだいやだ。
私の周りでそのドラマを見た人で、彼を「オカマ」と呼ぶ人はいなかった。ファンというほどでもないけれど、ドラマを一通り見た友達も、キャラクターの名前にちゃんづけで呼んでいた。
現実であろうと架空の人物であろうと、「美人/イケメン+職業」「オカマちゃん」と無造作に人をカテゴライズして、誉めている、愛でているつもりの感性には、もう相容れない。
ルッキズムだとかLGBT+への配慮云々、空気を読むとか時代、もしくは誰かへの忖度はなくて、一個人への尊重。
人に対する、普通の礼儀としても。
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