香港での一連のデモや抗議活動、日本でも報道されてはいたけれど、日本の反応の薄さ、支援や応援の少なさに日本語に堪能な香港人たちが
「香港人は日本に片思いしているみたいだ」
と嘆く声をいくつも聴いた。
流暢な、あるいは助詞の間違いや英単語をカタカナにする時につまづいてしまう日本語で、香港の情況を繰り返しSNSで訴えていた香港の子たち。「日本人はシャイだから」「あんまり感情表現や、政治的な発言もしない民族だから」と慰め合っているのを見て
「誰が片思いだって?好きだって言ってるじゃん!」
と歯がゆく思う。台湾と日本のように「大手を振って相思相愛」、キャッキャウフフな感じではないかもしれないけれど……。
最近は香港の子たち、日本へ行くことを「返郷下」、国へ帰ると表現するらしい。
香港の広東語では、中国へ行くことを「返大陸」と言う。中国に拠点がなくても「返」、帰ると言うのが常套句。そのほかの国へ旅行に行くなら「去美國」「去英國」、もし外国に拠点があるなら「返」、帰るとも言える。私は何となく抵抗があって、自分が行く時には「去大陸」と言っていたけれど、それは広東語として奇妙だったし、香港人も怪訝な顔をしていた。香港を起点として中国へ行くなら、誰もが返大陸。そう思い直して私もそう言うようになると、「返大陸だって。ミミは香港人になったね」とニヤニヤ笑う。ああいえばこう言う、とにかく何でもツッコミたい香港人め。好きだよ。
香港の友人たちは私に「いつ日本へ帰るの」と尋ね、自分も一緒に行きたい時は「一齊去日本」と言った。台湾のひとたちも大概日本好きだけど、住まいの拠点がないひとが「日本へ帰る」と表現するのは聴いたことがない。そこは遠慮なのか、台湾という家がしっかり根付いているのかな。
日本人だって、好きな場所、国や街には「ただいま」と言いたいことがある。
香港が好きで好きで、日本から年に何度か遊びに来る友達がいた。彼女は香港に到着してすぐ、知り合いのアーティストに電話をすると
「你返來呀」
お帰りと言ってくれたと、涙を浮かべて喜んでいた。
いらっしゃいの「歡迎」ではなく、「お帰り」。好きな場所に来て、好きな人からそう言われて震えるほど嬉しい気持ち。「いらっしゃい」より踏み込んだ「お帰り」を広東語で言う、優しい声が聴こえてくるような気がした。
何度目かの香港、彼女は午前中に到着してすぐ、私が勤めるオフィスを訪ねて来た。予約していたペニンシュラホテルにまだチェックインできないと、青ざめた顔で言う。チェックインタイム前だから仕方ない。でも、彼女はその日の午後早い時間に、くだんのアーティストと会う約束をしていて、部屋に入って着替えや身支度をしたかった。私はホテルに電話をかけて彼女の予約を確認してから、
「チェックインタイム前なのはもちろん承知してる。でも、彼女はこれからデートなの。部屋に入れてあげて、支度をさせてもらえない?」
無理かなと思いつつ「口に出さなければ望みは敵わない。香港では口に出せば、結構な確率で通じる」ことを知っていたから、お願いをしてみた。
「デート!それは大変。少しお待を」
ホテルの担当者は大まじめに言ってから、
「お部屋をご用意できました。どうぞお越しくださいとお客様に伝えて」
ちょっといたずらっぽく、優雅に案内してくれた。恭しい態度と温かいユーモアのバランス、素早い対応。香港人ほんと好きと思ったのはこれで何度目だろう。
好きで好きでどうしようもない場所に行く時に「帰る」といい、到着したら「ただいま」。そんな気持ちでいてくれる人たちにはやっぱり「お帰り」と言いたい。構えて作った高い声の「いらっしゃい!」より、「お帰りなさい」は少し低めの、落ち着いた優しい声で。
私も、いつかまたきっと帰りたい場所がある。ただいまってドイツ語でなんて言うんだっけ。私が帰りたい場所、ドイツのサッカースタジアムで試合開始前のこと。ケガをしてしばらく離脱していた選手が、久しぶりにスタメンに入った。選手紹介のモニターに彼の姿が映し出され、背番号と名前、「willkommen zurück!(お帰り)」とDJがコールすると、スタジアム中から大歓声があがった。ひと様のことなのに、「お帰り」と迎えられるのを聴くのは嬉しかった。試合が終わっても、私はいつまでもぐずって、帰りたくないと後ろ髪惹かれる。この場所が好きだから、ただいまとまた言いに行こう。
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