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台北生活の日記

くらもちふさこ「チープスリル」天才の波は違和感をさらって、暖かい砂の山を残してくれた

「漫画家ってすごいなあ」と、ずっと思っていた。
映像作品で言えば、台本、キャスティング、キャラクターの造形、ヘアメイク、衣装、カメラワーク、編集も全て漫画家が回すのだから。
80年代に読んでいたくらもちふさこ氏の作品に、そう感じていた。
髪型、身体の動き、場面の見せ方。
誰かに発する言葉とは別の、モノローグ。
或いは、言葉の無い場面。

最近、発表されて久しいのに未読だった、くらもちふさこの「チープスリル」を読んだ。
「天才過ぎる」
「もっと理解したい」
全三巻を、一晩で3度繰り返し読んだ。

大雑把に言うと、小学校時代にいじめられていた女の子と、いじめていた男の子、自分にお鉢が回ってこないように「いじめ」を見て見ぬふりをしていた女の子たちが成長し、それぞれの場所で織りなす「ラブストーリー」が交差する物語。くらもちふさこにしか書けない、くらもち作品を愛する人と「かっこいいよねーっ」と身悶えるクールな男性陣や、女友達とのほんの少しの行き違いやモヤモヤした気持ち、それが解決していく素直な気持ち。家族や友達、好きな男にも振り回されてばかりの女の子たち、何もかもお見通しで冷静な男の子たち。私が読んでいた80年代よりもさらに「進化したくらもち節」が、「チープスリル」にはみっしり詰まっていた。

 

「チープスリル」を読んで改めて、くらもちふさこは天才だと思ったのは、彼女の作品で、初めて違和感を覚えたから。
それはいじめられっ子だった「ひと実」が化粧品会社のキャンペーンガールに選ばれて、撮影をする場面のこと。
「ビーチでの撮影」に「ヘアメイク」の女性が遅れてやってきて、現場でメイクを始めようとする。

私の知る限り、撮影用のメイクを吹きっさらしのビーチで一から始めることは無い。早朝からホテルや控室など、髪を作るための道具も使える電気の通った場所を必ず確保する。そこで仕上げてから、ロケバスで撮影現場へ移動する。屋外では、ちょっとした直し程度しかしない。
この作品は90年代に描かれているから、今とはロケの事情が違ったんだろうか?
でも、80年代に学園ドラマに出ていた友達に呼ばれてロケを見学しに行った時も、出演者は土手の近くに停めたロケバスの中でドーランを塗っていた。生徒役の簡単なメイクでさえ、外でする子はひとりもいなかった。

化粧品会社のキャンペーンともなれば、メイクに力を入れないはずがない。だから、この「ビーチでメイクを始めようとする」場面には違和感がある。しかもヘアメイクの担当者が遅れてやってきた挙句、現場放棄をするなんてあり得ない。
でも、それから続くひと実と「たろちゃん」の「砂の山の中でつないだ手」の場面が、見せ場だった。それに、ひと実はいじめられっ子だった天野君に教わったメイクを、自分でしたかった。そこに繋ぐための流れとして、ヘアメイクの担当者が遅れてやってきて一から始めようとした挙句、現場を放棄する経緯が必要だった。彼女がフリーなのか事務所所属なのか知らないけれど、そんなことをしたら、悪評はあっという間に広がってこの先仕事がなくなる恐れもあるのに。判断力もキャリアも壊す「たろちゃん」の恐ろしさを、知らしめる場面でもあった。
「先生、それはあり得ません」とは思わなかった。
くらもちふさこが描いたこの物語の波に、私の違和感はあっさりとさらわれて流される。この物語の世界を信じることができる。くらもちふさこ、天才。改めて思い知った。

「チープスリル」は、単純なおしゃれな勝ち上がり女子の話しではない。男の子に振り回された挙句「両想いになりました。めでたし。」なお話しでもない。
最後に、それまではわき役でしかなかった、ひと実に憧れる小さな男の子の見る夢が浮かび上がってくる。
夢うつつな男の子は目を覚まし、助けを求めて叫ぶひと実に向かって駆けだしながら、
「なんで みんな 助けてあげないんだ」
と叫ぶ。

「披露宴の時のふり返っている手塚さん素敵」「ウメちゃんも魅力的だけど、私は片瀬君が好きだな」「天野君はその後、どうなっただろう」くらもち作品を読む時の楽しみは、登場する男性陣の謎に思いをめぐらすこと。その範疇にはなかった小さな男の子の叫び声と最後のモノローグが、矛盾も輝きも、この物語の全てを包んでいた。
くらもちふさこは1990年代の初めに、巧妙で軽妙なラブストーリーを見せながら、彼のこの一言を書きたかったのだと私は信じる。いじめられている子を、どうして誰も助けないんだ。そう言って助けるために走っていく、これから大人になっていくこどもの叫び声。天才が描く波は、心の中の砂浜に、暖かい砂の山を残していた。

チープスリル (全3巻) くらもちふさこ

 

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mimi
ライター/コーディネーター。 香港から猫を連れて台北へ移住後、30年ぶりに東京暮らし。満喫中。 台湾と香港に関する現地情報の執筆や、撮影手配などの仕事をしています。 |Instagram| |Tweitter| |Profile| |Contact|