寺尾関とすれ違った、香港ペニンシュラホテル前の横断歩道。

1993年の大相撲香港巡業は、私がこれまで観たことのある唯一のお相撲でした。
紅磡の香港體育館が国技館状態になって、香港の人たちも、住んでいる日本人も大興奮だったな。私はそれまでお相撲はテレビ中継もほとんど観たことがなくて、たまたまチケットをもらったのかな？そもそもスポーツ観戦の習慣がなかったから、お相撲ってこんなに面白いのかと驚いてしまった。

 

それでも、寺尾関のことは知っていた。美男で強いと雑誌や新聞で読んだからかな。
大相撲香港巡業期間中、ペニンシュラホテルの前の横断歩道をヴィクトリア湾側へお相撲さんが歩いてくるのが見えた時、それが寺尾関だとすぐわかりました。ペニンシュラホテルを背景にした香港の街の中、髷を結った浴衣姿の寺尾関は、まるでタイムトラベルですべりこんできたような異次元の存在感。ちょっと斜めに向けた整った顔立ち、私は驚きすぎてぽかんと寺尾関を見上げたまま、すれ違う時に鬢付け油の良い匂いがしたこと。ガソリンとざわめきとヴィクトリア湾の海の香りの中で、あの匂いをかいだのは一生に一度のことなんだと、先日錣山親方の訃報にふれて今更思い知りました。1993年の春の前、あの頃はスマホもガラケーもなくて、カメラを持ち歩くのはまれだったから、もちろん写真など残っていません。でも、眼で見た記憶と匂いの思い出はたぶんずっと忘れない。