星洲炒米、香港B級カレー風味の焼きビーフン
香港に住んでいた頃、母と二人の叔母が遊びに来てくれた。
おばさん姉妹が三人集まればそれは珍道中で、ちょっと目を離したすきに花の種を拾っていたり、レストランに入っても完全に日本語で店員さんに話しかけるし、相席になった学生らしいこたちにも日本語で、
「可愛いねえ。飴あげる」
とおばちゃんモード炸裂だった。
2日目くらいに、今日はお昼に何を食べたい?とお伺いをたてると三人とももじもじして、
「あのね、おじさんが食べてた焼きそば。」
その前に通りかかったスターフェリーの乗り場近くで、座り込んで星洲炒米を食べているおじさんがいたのを私も覚えてた。
何故なら、私もそれが好きだから。
しかし目敏いな、なんでもじもじするんだろう、と笑いながら家の下にある茶餐廰へ行き、星洲炒米の他にも肉や野菜のおかずを外買(テイクアウト)をして私の部屋で分け合って食べると、
「美味しいねえ」
「香港ではみんな、こんな美味しいものを食べるのね」
と三姉妹は大喜び、その後もしばらくは、おじさんの焼きそばが美味しかったと事あるごとに言っていた。
星洲炒米は、刻んだ野菜やハム、チャーシュー、小エビなどとビーフンを炒めて、カレー味に仕上げたもの。それから茶餐廰で注文するたびに、母や叔母のことを思い出していた。
台北の夜、茶餐廰に足りなかったものは。
台湾にもいくつか、香港式の茶餐廰がある。
今日初めて入った店で、星洲炒米と熱奶茶を頼んでみた。
結果としては史上最低、カレー粉でぼそぼそのビーフンをミルクティで無理やり飲み込んだ感じ。
ミルクティはなめらかで美味しかったので、非常に残念。パン類ならまだ大丈夫かな・・・。
硬くて背もたれがほぼ直角の四人掛けのボックス、
砂糖が入ったステンレスの壺、
カウンターに積み上げられたエバミルクの缶。
香港の様式美を忠実に再現している。でも、寂しい。
茶餐廰で肝心なのは、勢いがあって、店員と客の応酬にもなる「広東語」が聴こえてくることなんだと改めて気づく。
お店の人と話していたら、
「香港訛りがあるね。香港人なの?」
と久しぶりに聴かれた。
台湾に来たばかりの頃はさんざん言われて、この頃は「大分訛りが抜けた」と褒められ?ていたのに、さすがに戻ってしまうんだろうか。
香港は家賃高騰で、好きだったお店はことごとく閉まってしまった。もう、香港でも、こんなに「いかにも」な茶餐廰は少ないかもしれない。
原稿を書いたりお喋りをしたり、ぼーっとしたり友達とおしゃべりしたり。だらだら長居して、お店の人と他愛のないことを話してたあの頃の香港の茶餐廰の気配、甘口な廣東式の醤油だれをかけたハムエッグご飯、塩漬けレモン入りセブンナップを飲み干す筋肉のひきしまった肉体労働者たち、厨房から出来立ての菠蘿飽を鉄板ごと抱え出て
「熱々だよ!気をつけな!」
と誇らしげにテーブルの合間を練り歩くお店の人、出来立ての甘い香りにつられて顔を上げる私に
「食べるだろっ?」
と有無を言わさず持ってくる押しつけがましさ。台北で茶餐廳らしき箱だけ用意しても、何かが足りない。広東語の賑わいと香港のおじさんたちの押したり引いたりするバランス、あつかましい気配が足りなかった。