毎日、長く使うものには、楽しい記憶の尾ひれがついていた。コーヒーを淹れるための、3つの街から来た道具にも。
朝から夜中まで、コーヒーを飲む。家に豆は切らさず、お湯を沸かして自分で淹れる。エスプレッソマシンは持っていない。欲しいと思った時期もあったけれど、プロに任せて、カフェに出かけて飲むことにした。
毎日何度も手に取るからかえって意識していなかったけれど、コーヒーのための道具ふたつ、これは十年以上使っていると、昨日思い出した。中野のオリハラコーヒ―のキャニスターと、香港で買ったカリタの計量スプーン。そこに、台湾・新竹で見つけたドリッパーも加わった。「あたくし、ていねいな暮らしを心がけています」と胸を張るのは気が引ける。ただ「これ好きー」「この時楽しかったねー」それだけの雑な選び方だけど、結局その気持ちは長続きするから、長く毎日使ってる。
東京・中野の「オリハラコーヒー」キャニスター
中野ブロードウエイにある好きな喫茶店のオーナーが「うちはオリハラさんの豆よ」と教えてくれた。「オリハラってどこにあるのかな」母に話すと「オリハラコーヒーに行ったことがないの?それでも中野の子?」と鼻の穴を膨らませ「連れて行ってあげる」。私は中野で育ったものの、ブロードウエイより北、早稲田通りを超えた新井方面は行ったことがなく「中野でコーヒーといえばオリハラさん」と有名なことも知らなかった。
昭和の商店の趣きがそのままの「オリハラコーヒー」。コーヒー豆や麻の袋、落ち着いた色彩の店内で、このカナリアイエローのキャニスターはとても目を引いた。
当時は「派手な黄色と緑」としか思わなかったけど、サッカーを観るようになってから「ブラジルか」と気がついた。サッカーで世界地図や国旗を覚えるというのは本当ね。このキャニスター、10年以上毎日開けたり閉じたりして使っても、蓋に少しも不具合はない。縁は錆が出たし、ロゴも少し薄くなってはいるけれど、カナリアの色は鮮やかなまま。
今は車椅子で生活している母が、あの日は中野の街をずんずんと歩いた。ブロードウェイを抜け、早稲田通りを渡って連れて行ってくれたオリハラコーヒーのキャニスターを、これからも大事に使う。
香港でなんとなく買った、カリタの計量スプーン
この計量スプーンも10年以上前のもの。香港に住んでいた頃に「紅磡」駅前のショッピングモールの中にあったカフェで、たまたま見て買った。カリタの、多分どこにでもあるもの。なぜあの時、紅磡に行ったんだろう。列車移動やバスの乗り換え、体育館でのコンサート、ホテルでインタビュー取材をする以外にプライベートで行くことはなかったのに?わからない。ただ、対応してくれたスタッフの女性がとても感じ良かったことだけは覚えてる。だから今も、大事に使っている。他のものモノに替えてもしっくりこなくて、結局この飴色のスプーンに戻る。欠けることも色あせることもなく、香港から台北へ一緒に来て、毎日私のコーヒー豆を掬っている。
台湾・新竹で見つけたペパーミントグリーンのドリッパー
ドリッパーは比較的新しい。台湾に来て数年目に新竹へ遊びに行き、連れて行ってもらったカフェで見つけたもの。このようなペパーミントブルーは幼少期から私にとって大ビンゴで、この色を見るだけで「はっ」となり、どこかの時代か場所へ、トリップしたような状態で食い入るように見つめてしまう。「これは円錐形だけど良いですか?」とカフェの人は丁寧に確認してくれた。この時の新竹への遠足も、楽しかった。カフェの人も感じが良かった。だから今も、使っていて楽しくなる。
毎日使うものだから、手に入れた時に楽しかった記憶があったほうがいい。買い物をするときに自分の許容範囲外の対応をされそうだったら、そこで購入するのは見合わせる。自分自身がイライラしていたり、不快な気分で出かけた時も、買い物はしない。やけっぱちで無理に手に入れても、気持ちの良くない買い物だと、たいてい短いスパンで手放すことになってしまう。
プロ仕様でも色やブランドをそろえているわけでもないけれど、コーヒーの道具に共通するのは楽しかった思い出。買った時のことを覚えていること。そういう道具に触れてコーヒーを淹れる、繰り返しの毎日が続いていく。
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