台北生活の日記

台湾で声帯ポリープ切除の日帰り手術。症状や保険、術後回復のまとめ。

入院から退院まで、日帰り手術の流れ

台安醫院近く、台北アリーナ裏手の運動場。都会の真ん中、緑に囲まれて朝から身体を動かうひとたちがいる。

 

手術前日
検査まで8時間以上の絶食、深夜12時以降は水一杯も口にせず。夜に好きなものをしっかり食べた。絶食はそれほど苦ではない。
手術当日
起床後、身支度をすると、飲まず食わずで病院へ。

日帰り入院の持ち物は普段の外出とほぼ変わらず。

  1. 全民健康保険カード(必須)
  2. 病院から渡され署名した全身麻酔同意書
  3. タオル(なんとなく)
  4. 使い捨てのスリッパ(院内移動用に)
  5. 文庫本(手術前の時間に)
  6. スマホの充電器
  7. ワイヤレスのイヤフォン
  8. 耳栓(大部屋なので防音対策)
  9. ペットボトルの水(術後に病室で飲めるように)
  10. カーディガン(術着の上に羽織るもの必須)

 

8:50
病院入り口は軽い行列状態。熱を測り、全民健康保険カードを提示して、何用で参ったのかを説明しなければ院内には入れない。
9:00
会計ブースの一角にある入院手続窓口で、全民健康保険カードを提示。
まつことしばし、台湾によくあるベストを着た係の人が、入院病棟へ案内してくれた。
私が入院したのは、6階の小児病棟。
エレベーターのドアが開くとサンリオキャラクターがびっしり描かれたラブリーな壁紙展開にたじろいだ。

(ちゃんとサンリオの許諾とってるよね?天下のアドドヴァンティストホスピタル、大丈夫よね)
と見渡しつつ、ナースステーションへ。
ナースの皆さんも、小さなキャラクターが沢山飛んでいるお寝間着のようなユニフォーム。小児病棟仕様なのだろう。
後に、このお寝間着ナースたちがわたしを相手に「点滴針が入らないコント」を繰り広げるとは、この時は知る由もなかった。
身長、体重をはかり、病歴や手術歴、服用している薬、家族の病歴などの問診。お酒をどの程度飲むか、タバコは、そして「檳榔(ビンロウ)は食べるか」も尋ねられるのは、台湾の健康診断ではいつものこと。
腕に名前と生年月日を入れたブレスレットを付けられる。

病室のクローゼット用キーケース。

 

今後、各ポイントで何度も名前と生年月日、何の手術をするのかきかれるけれど、その都度ちゃんと答える。これはミスを防ぐため、香港で入院手術をした時も、何度もしつこいほど繰り返されたから、違和感はない。
お寝間着ナースが病室へ案内してくれ、手術着や、鍵のかかるクローゼット、ベッドの使いかたなどを説明してくれた。
ちょうど私と入れ替わりに、退院していく人がひとりいた。
5人分の病床がある広い部屋だけれど、他に入院患者はおらず、私一人だった。多少うるさくても日帰りだし良いだろうと思ったけれど、静かでよいではないか。
手術は13時から。まず手術着に着替え、採血など事前の検査をしなければならない。

手術着1枚で玄関ロビーを歩かされる、危険な動線

手術着というのは、何度目でもうまく着用できない。
日本語で「手術衣」と検索すると前でとめる型が多くて羨ましい。
香港や台湾で私が着たのはどれも、後ろから羽織るのではなく、前からエプロンのように着けて、脇に開いているホールに一方の紐を通すものだった。香港で初めて着たときは後ろ前を逆にしてしまい、ナースに「キャーあなた」と驚かれたものだった。
後ろ側で身頃を重ね、2本の紐を引き寄せお腹の上で結ぶと、背中がしっかり隠れる。

 

院内用に使い捨てのスリッパを持って行き、術前の検査時に履き替えた。冷房が効いているので、靴下は履いたままでいる。手術時は下着も外さないといけないけれど、生地が薄く、紐2本で結んだだけの術着の下は全裸状態で検査のためにあちこち院内を移動するのは、ちょっと心もとない。なので検査時は下着を着用したまま、カーディガンも羽織って移動した。
お寝間着ナースではなくベストの女性が検査へ案内してくれたが、案の定表に面した病院ロビーの真ん中も歩かされる。普通に服を着ている人たちの中を、薄っぺらい格好で歩くのは気後れする。これでノーパンだったらなおさらイヤだろうなあ。
台安醫院は海外旅行保険も使え、日本語案内もある病院だけれど、こんなおおらかな動線を組むのかと驚いた。香港の病院では、人目のつく場所にこんな薄着で通されることはなかった。少なくとも私立病院では、患者に気まずい思いをさせないよう徹底していたと思う。
台湾の入院時にはカーディガンやストールが必須アイテム。術前にノーパンで人前に出されるプレイによる心理的負担は避けたい。

 

採血、MR、心電図を診てもらって出てくると、ベストの案内人はいなくなっていた。自分で病室に戻るのね。ようござんす。
表に面した玄関ロビーを、薄っぺらい手術着にひっかけたカーディガンの前を押さえながら、そそくさと通り過ぎた。
あわやノーパンのペラッペラで人前に出される羞恥プレイよりも、いっそ手術よりもハードだったのはこの後の「点滴針」だった。

点滴5回失敗で手が穴だらけ。チェンジは早めに申し出るべき

生理食塩水のパックが用意される。件のお寝間着ナースが点滴の針を右腕に入れようとする。私は深呼吸して、リラックスするように努めていた。
「あれっ?」グイグイ「痛たたたた」
「おかしいな…」グイグイ「痛い痛い」「ごめんなさーい」
2回、針をかなりぐりぐりと突き刺され、息が止まりそうだった。どうやら私の血管は細く、捕まえようにもあっという間に逃げてしまうらしい。同じお寝間着ユニフォームの、しゃきっとした先輩ナースが呼ばれてやってくる。
「不思議な血管だわ…」グイグイ「痛い…」
別の、やはりお寝間着で押しの強そうな先輩ナースが呼ばれてやってくる。
「なんか駄目なような気がする」グイグイ「痛い痛い痛い」「やっぱり駄目ねえ」グイグイグイ「痛たたたた」
「左手でやってみよう。……駄目みたいな気がする」グイグイ「痛い痛い痛い」

右手で4回、左手に1回かなりグイグイと針を押し込まれたけれど、合計5回失敗された。
「香港で10年前に手術をした時も、こうだった?」
お寝間着ナースに問われ
「いいや、そんな印象はないですね……」
私は忖度も怒気もなしに淡々と答えた。
経年で、私の血管はスリム化したのだろうか。
誰か、私の血管をちゃんと拾える人がこの病院内にいるだろうか。
しばらくすると、お寝間着ではなく普通のナース服の落ち着いた女性がやってきて、私には痛みも無く一発で針を入れて点滴につなぎ、淡々と帰っていった。
「手術よりも、点滴の失敗で生きた心地がしなかったわ」
過去にこの台安醫院に長期入院したことがある友達にLINEを送ると
「そう、あの病院は注射が下手くそ!俺も怒って、最初から上手な人呼べって言った。怒ったほうがいいよ!」
「先にそれを教えてよ」
点滴が下手なのは台湾全体のことなのか、この病院に限ったことなのかわからない。もし1度点滴針を失敗されたら、すぐにベテランの召喚・チェンジを強く主張しよう。私の手、二日後に内出血が浮かび上がって何かの被害者みたいになった。身内は私の手を見て震えあがったし、証拠写真は撮ったけど閲覧注意、決して愉快なものではないから、ここには載せない。

全身麻酔・手術・目覚めまでの流れ

12:45
手術時刻の13:00前に、車椅子に乗せられて手術フロアへ運ばれる。手術室に入って名前や生年月日、何の手術をするのか口頭で確認。
香港でも同様だったけれど、医師や看護師が和気あいあいとおしゃべりしながら行き交う廊下なのかたまり場なのかわからない場所で、しばらく放置される。
ぼーっとしていると、ポロシャツ姿の主治医の先生がやってきた。「やあやあ」みたいな感じで私の肩に手を乗せ、明るく立ち去っていく。これから着替えと準備をするのだろう。
これまで受けた手術では、どの先生も私の頬や、額にそっと手を乗せてくれた。ドラマで米倉涼子さん演じる医師がオペレーションをする患者の肩にしっかりと手で触れる、あの感じ。医師は診察の時、患部以外触れることはなく、距離が保たれている。でも眠って命をあずける手術の時、医師のこの仕草は患者の私をとても温かく落ち着かせてくれる、嬉しいものだった。
「はい、では麻酔しますよ」
麻酔医が来て、点滴から麻酔に差し替えられた。
以前かけられた時は(何秒で落ちるのか数えておこう。1、2)で記憶が途絶えたことは覚えている。
「頭がくらくらしてくるかもしれないけど、それが正常ですからね」
そう説明されると、腕から冷たいものが入る感触。少しして、確かにふわっとするような、くらくらする感覚が起きる。でもまだ目を開けられるし、意識もある。舌を噛んでみると、感触がある。今回の麻酔はわりとゆっくり、時間がかかるんだな、前は2秒で落ちたのに。
と考えたところで記憶が途絶え、気が付くと術後室に移っていた。

14:00
眼を開いて時計を見ると、手術開始から1時間過ぎていた。
そこからベッドに乗ったまま、私の入院先である6階の小児病棟に戻る。
開腹手術をした時はベッドからベッドへ4人くらいで「せーの」と移されたけれど、今回はふたり。「悪いけど、自分で動いてもらえる?」
全身麻酔後1時間とはいえ、起き上がってのっそりと自分でベッドを移動する。
そういえば、今回は手術が終わった瞬間にたたき起こされなかった。
香港での開腹手術では二回とも「終わったわよ!」と頬をペチペチ叩かれ、呼び戻された。でもやはり、開腹の全身麻酔はレベルも違っていたと思う。あの時は自分で動くことはできなかったし、呼び戻されても朦朧としていた。その後どう過ごしていたか、記憶は翌朝からしか残っていない。でも声帯ポリープの術後は意識もはっきりして
(これからしばらくは、喋っちゃいけない)
(起き上がって水を飲みたい)
と考えていた。

17:30
病室でうつらうつらしていたら、あっというまに夕方になっていた。のどに不快感や痛みはない。水を飲みこむと違和感はあるけれど、むせたり、変な味がすることもない。
日帰り入院、最長何時までとは説明されなかった。眩暈もせず、しっかり歩くことができれば退院してもいいと言われていた。
点滴をガラガラ連れて、ナースステーションへ出向き、退院したいとメモ書きを見せて伝える。まずは点滴針を抜いてもらわなければ、着替えることもできない。針抜きは失敗されずにあっさり済んだ。
部屋に戻って着替えている間に、退院用の資料が作られていた。
「あなたの保険証は?」
と尋ねられ、術後三日は声を出すのも咳払いも禁止なので、黙って首をかしげると
「多分手術室に置きっぱなしね。少し待って」
ナースはどこかに内線電話をかけると、私の健康保険カードが手術室に置かれているのを確認し、すぐ6階まで戻すよう指示を出していた。

点滴を失敗したり大事な保険証が手術室に置きっぱなしにされたりするのはキャッとなるけれど、滞ったところをすぐに修復、取り戻す流れができているのは良いなと感心する。
すぐに健康保険カードが戻ってきたので、書類一式と共に受け取り、声には出せない分お辞儀でお礼を伝えて、一階へ。
退院手続きの窓口へ行き、あれこれ話しかけられたので予めスマホのメモに用意しておいた「すみません、今日は声が出せません」の画面を出して見せると、相手は慌てたようにコクコクとうなずき、ゆっくりと明晰に話してくれた。
相手の話すスピードをゆるめる要求ではなく「返事ができないけど、不審に思わないでくださいね」と意思表示のつもりでメモは用意した。
でも、後にこのメッセージを見せると誰もがだいたい一瞬戸惑い、意を決したようにゆっくり話す対応をしてくれた。メモを見せてもひるまず、むしろ大笑いしたのは、あらかじめ「明日から声でないから」と伝えておいた近所のお店の人たちや、アパートの管理人さんたち。根回し、情報共有もだいじ。

費用負担は10%、保健でほとんどカバー

台安醫院で診察した日に手術日を決めると、看護師さんが当日の流れを説明してくれた。彼女は全身麻酔の同意書などの書類を差し出しながら、意味ありげに私にぐっと近寄って言った。
「どうせ日帰りなんだから、一番安い大部屋にしておきなさい。保険で全額無料になるから……」
部屋のグレードが細かく分かれていて、レベルによって値段が違う。
数日入院するなら静かな環境が望ましいけれど、少し休んで帰るだけなら、他の入院患者や見舞いの人たちが多少うるさくても、我慢できるだろう。イヤフォンや耳栓も持って行けばいい。

台湾で入院手術をした友達の話しを聞くと「健康保険でカバーされるから、手術代はタダ。病院はオプションで稼ぐ」と言う。病室も大部屋にしたし、他に特に見積もりも出てないから、これは本当にまるまるカバーされるのかな?!と、軽めの財布で出かけた愉快なサザエさん。退院手続きの会計で3001元を請求された。(思ったより来たな)と慌ててカードを出すと「2万元以上から」と言われ、ATMでお金を引き出すことになった。

金額の内訳は、全体の10%2,228元+自費金額773元。材料費が自己負担になるのはなぜだろう。
注射技術費75元。
こんなに安いから、あんなに何度も失敗されたんだろうか。
いずれにしても声帯ポリープ切除の手術と日帰り入院で、支払ったのは日本円で1万円前後。祖国と比較しても、自己負担は軽い方なのだろう。

声帯ポリープ 術後の経過「喋っちゃった」「唄っちゃった」


最低三日は声を出してはいけない、咳払いも禁止。
出された薬には、ハーブの咳止め液も含まれていた。
禁止されるから喋りたくなるのではなく、人と言うのは無意識に独り言をつぶやいたり、早歌を唄ったりするものなのだと思う。
最初の2日間は
「あっ喋ってしもた」
「歌ってしもた」
と何度か慌てて口をつぐんだ。猫が可愛いのもいけなかった。「可愛いねえ」と声に出してしまった。面白い動画や萌え画像は送らないで、声出ちゃうからと友達に伝えると「承知いたしました」と返事が来て、それすらムズムズと笑ってしまう。もう何を見ても箸が転げているようで可笑しい。

黙っている分には、声帯から何かを取られた違和感も、痛みもない。飲み物や食べ物を飲み込む時に、痛みではない違和感を覚える程度。
「血を吐かない?」
と心配されたけれど、そのような傾向もなかった。
うっかり声出しをしなくなったのは3日目くらいから。
最低3日は発声してはいけないと言われるものの、4日目からいきなり今まで通りペラペラ話せるとも思えない。結局、6日後の再診の時までほぼだんまりを通した。
「ドクターおはようございます~」
久しぶりにしゃべったので、ひょろひょろした声だと自分で思う。
「ずっと黙ってた?」
「今日までずっと黙ってた」
「喋れているじゃないか」
「笑」
「舌出して。もっと伸ばす!伸ばせって言ってるだろー!ABCのAAAAAAAAAAAと言う!はい、次はCDEのEEEEEEEEEEE、よし」
私が日本人だと分かっているはずだけれど、言葉の面でも一切容赦なし。とてもてきぱきしていて好感が持てる先生だった。
「傷口も回復しているから、もう薬は出さないよ。しばらくは無理に長く話そうとしないこと。大きな声も控えなさい」
お世話になりました、とひょろひょろした声で言い、一階で診察代250元を支払って、治療は終了した。
病院からバスで西門へ行くつもりでいたら、20分に一本しか来ないバスが私を追い越していった。停車して乗り降りをしているバスに向かって一か八か走ってみると、閉じたドアをもう一度開いて待ってくれた。台北のバスは、目が合っても知らん顔をしてドアを閉じる運転手も多い。後部ドアから乗り、ICカードをタッチしてから「謝謝」とお礼を言った。ひょろひょろした声だけど、割れずに、前方の運転手まで届いたようだった。嬉しかった。
お礼を言う。話しかける。話しかけられて答える。意思の疎通ができる。
挨拶をする、他愛のない話をする。相手が微笑む。
その時の気分の歌を口ずさみ、空中に解き放つ。
声とことばを持つ幸福と素晴らしさを、今頃になって知ることができた。黙っていなければいけない時ほど、妙な歌を唄いたくなるということも。
術後2日目に家で踊りながらうっかり口ずさんでしまったのは「コラソン・デメロン、デメロンメロンメロンメロン…」
なんでよく知らない「メロンの気持ち」のリズムだったのかは、自分でもよくわからない。

「大きな病院へ行きなさい」と言われ、クリニックの帰り道で見た今年の桜。

 

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台北在住のライター/コーディネーター。 長年暮らした香港から、猫を連れて台北へ移住しました。 台湾と香港に関する現地情報の執筆や、撮影手配などの仕事をしています。 |Instagram| |Tweitter| |Profile| |Contact|